奈良時代、東国の仏教拠点であった下野国薬師寺で学んでいた勝道(しょうどう)上人は、朝日に輝き夕日に浮かぶ遙か日光連山の神秘性に惹かれ、数多くの困難の末に天平神護2年(766年)日光山を開山した。
ここから日光の歴史が始まるわけであるが、そんな中腰を掛けて休まれた岩が托鉢の際の鉢に似ていたことから「鉢石」と名付けられ地名の由来となる。
この鉢石からほんの少し先の大谷川の対岸に四本龍寺を建立して日光の拠点と成し、日光を修験の聖地へと発展させていく。
初代征夷大将軍坂上田村麻呂が蝦夷征伐に向かう途中戦勝祈願に立ち寄ったことを始め、日光が鎌倉幕府の真北に当たることから源頼朝公の絶大なる庇護を受ける。
その後も足利将軍家からの信仰を集め、徳川家康公が東照大権現として日光に鎮座すると日本の聖地として殷賑を極める。
そんな日光山の門前に位置する鉢石は、日光街道最後の宿場町に定められ日光詣の大名の本陣や旅籠が数多く建並び、
社寺と共に大いに発展し戦災による被害も無かったことから数百メートルの間に100年を超える老舗店が数多く軒を並べる全国屈指の門前町として今日に至っております。
